TearsSwitch

ヒッチハイクの旅から5年

クリエイターblog
米田 真介 米田 真介
2014.04.01
思い返せば、お世話になっていた会社を辞め、ヒッチハイクで日本一周した旅から5年が経ちました。 気付けば、、、その旅の時にヒッチハイクに乗せてくれた人と株式会社TearsSwitchを設立しています。 ヒッチハイクの旅_龍泉洞今ではプログラム、デザイン、カメラなどお金を頂くことが出来るほどのものを身につけ、方々で代表という肩書きの役回りを務めさせて頂いております。 5年もあれば当然色んな事を経験し紆余曲折あるのですが、自分の信念と言うか生き方や最終ゴールは変わっていません。

さらなる成長を

当時は出来なかった事が沢山できるようになり、旅の時にはお世話になる事でしか前に進めなかった自分も、ほんの少しは恩返し出来る立場になってきたのかと。 心身ともに成長出来たのではないかと思います。 ヒッチハイクの旅 牛久の大仏ヒッチハイクの旅 伊勢神宮ご連絡先もお名前も分からない方が多いですが、その頃お世話になった皆様には心から御礼を申し上げたいと思います。 旅の途中に頂いた「恩はおくるもの」という言葉を胸に秘め、しかしながらお会いした時には精一杯の恩返しをさせて頂ければと思います。

ブログに今後何を書くか……

旅の途中は綺麗なところ面白いところが沢山あって一度では載せられないし、魅力も伝えられません。 会社の魅力とともに徐々に日本の素晴らしさや旅の素晴らしさなども伝えていければ良いのかなと思っております。 ヒッチハイクの旅 川平湾ヒッチハイクの旅 お釜今後とも宜しくお願い致します。
米田 真介
米田 真介

1984年、大阪城下に生まれ落ち大阪で育った次男坊。コンピュータ専門学校を卒業後、広告制作会社に3年間勤務。
その後、FinalFantasy Xというゲームで泣きまくって人生を変えられ、高校時代からの夢であった旅を決行し、半年間ヒッチハイクで47都道府県を駆け巡った後にWeb&デザイン会社(TearsSwitch LLP)を起業。
「WEB事業の拡大とチャンバラの手伝いをさせる為」であると共に"当時お金持ち"だった「赤坂のお金目当て」で共に株式会社TearsSwitchを立ち上げる。
チャンバラ合戦-戦 IKUSA-を展開するNPO法人ゼロワンの理事長でもある。『オンラインゲームの世界を現実化』させる夢のため、プログラム、デザイン、カメラ、地域活性化、コンサル、開発など新しいことを何でも満足するまでやるので気がついたら顔がゴボウになっている毎日。でも、母さん。僕は元気です。